東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)130号 判決
一、本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、第一、第二引用例が本願優先権主張日前国内に頒布された刊行物であること、各引用例に審決認定の記載があることは、当事者間に争いがない。
二、本願発明が原告主張の準備加熱工程と成形工程の組合せからなることは、当事者間に争いがない。
本願発明が樹脂を短時間にA状態からB状態に変化させ、これによつて迅速に殻を製造できる作用効果を有することは当事者間に争いがない。被告は、これは「薄いフエルト状物」を用いるという構成から生ずる効果であると主張する。しかし、本願発明の準備加熱工程では成形操作を行わないから、熱硬化性樹脂を含浸した鉱物繊維の形状に制限がない。このため、本願発明では繊維のフエルト状物を薄いままの状態で使用できるのであるから、この作用効果は本願発明の前記構成から生ずるものであるといわなければならない。
また、本願発明の成形工程では、樹脂が既にB状態になつているから、成形工程の進行とともに樹脂が迅速にC状態に変化し、その形がくずれるおそれがない。このため、本願発明では、樹脂の成形に当りその形がくずれることを防ぐために型枠を用いる必要がないから、全工程の自動操作が可能になる作用効果を生ずることが明らかである。もつとも、成立に争いがない甲第二号証の二によれば、この作用効果については明細書中に特に記載がないことが認められる。発明の詳細な説明の項の原告主張の記載は、この作用効果について記載したものとは直ちに認めることができない。しかし、この作用効果は本願発明の前記構成から当然に生ずることが前述のとおりであるから、明細書に記載がないことは前認定を妨げるものではない。
三、第一、第二引用例記載の方法が原告主張の構成からなることは、当事者間に争いがない。したがつて、本願発明の前記構成は各引用例に示されていないから、本願発明と各引用例記載の方法が、準備加熱の有無を除き、成形法としての構成は軌を一にしているとの審決の認定は、誤りであることが明らかである。そうだとすると、本願発明は、各引用例記載の方法だけからでは、格別発明力を要しないでなし得るものとは断定し難いといわなければならない。
四、ところで、本願発明の準備加熱工程は、被告主張のプリ・プレグにより本願優先権主張日前当業者間に周知であつたことは、当事者間に争いがない。また、未硬化樹脂材料を加熱により硬化させて最終成形体とする場合、その操作中に樹脂が完全硬化したのではその目的を達しないことも、当事者間に争いがない。したがつて、樹脂がB状態からC状態に変化する時が成形可能の最後の時点であることが明らかである。
被告は、本願発明はこの周知の準備加熱工程を経た後、成形可能の最後の時点で成形操作を行うようにしたものに過ぎないと主張する。しかし、被告主張のプリ・プレグは樹脂の硬化をB状態で止めたものであり、使用に当つて改めて加熱硬化を行うものであるから、本願発明のように準備加熱工程終了後、直ちに樹脂をB状態からC状態に変化させる成形工程に移行させ、両工程を組合せることは、これから容易に推考できるとはいえない。また、樹脂がB状態からC状態に変化する時が成形可能の最後の時点であるけれども、プリ・プレグを使用する場合は成形した後に加熱硬化することは被告の自認するところであるから、本願発明の成形工程のように、加熱硬化と成形操作を同時に行うことは、これから容易に想到できるとはいえない。
そうだとすると、本願発明の前認定の作用効果が特に顕著なものであるかどうかをあえて問題にするまでもなく、本願発明は、被告主張の周知技術を考慮しても、当業者が容易に推考できるものであるとは認めることができない。
以上のとおりであるから、審決にはその認定に誤りがあることが明らかである。
五、よつて、審決には原告主張の違法があるから、原告の請求を認容する。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
一、特許庁における手続の経緯
原告は、一九六一年二月六日フランス国にした特許出願に基づき優先権を主張して、昭和三六年一二月二九日名称を「鉱物繊維特にガラス繊維で例えば殻のような物体を製作する方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願したところ、昭和三八年六月二九日拒絶査定を受けたので、同年一〇月一二日審判を請求した(同年審判第四四〇一号)。特許庁はこれに対し昭和四三年四月一五日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年六月五日原告に送達された(出訴期間三ケ月附加)。
二、本願発明の要旨
熱硬化性樹脂からなる結合剤(明細書に「弾性材」とあるのは誤記)を含浸した鉱物繊維特にガラス繊維から出発して成形物又は形造り物を製作するために、成型又は形造りを行う以前に(明細書に「予め成型又は形造りを行い」とあるのは誤記)、熱硬化性樹脂を繊維の薄いフエルト状物に含浸し、このように含浸したフエルト状物を樹脂のゲル化が確実に行われるように熱して、もし更に加熱が続けられると熱硬化が生じるような塑性重合状態にもたらし、その後フエルト状物に成型又は形造りの処理を行い、この処理の途中で熱の作用下に樹脂を熱硬化重合状態にもたらすことからなる方法
三、審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりである。
特許出願公告昭和三一年四二八八号公報(以下「第一引用例」という。)には、熱硬化性樹脂を含浸したガラス繊維マツトを型に巻きつけてキユアリングを行い、円筒状成形体を製造する方法が記載されている。また、昭和二七年二月一五日高分子化学刊行会発行、兼松昇、沖津俊直著「合成樹脂接着剤」七二頁から七九頁まで、特に七六頁(以下「第二引用例」という。)には、石炭酸樹脂を含浸した鉱物繊維のマツトを加熱加圧してこれを漸次硬化させ硬い成形品を得る方法が記載されている。
これを本願発明と対比すると、本願発明においては形造り操作の開始前に、更に加熱すれば完全に硬化される点まで加熱して形造りするのに対し、第一、第二引用例は、共にこのような準備加熱について特に触れていないので、この点で一応相違するが、その余の成形法としての構成は軌を一にしている。
ところで、未硬化樹脂材料を使用してこれを加熱により硬化させて最終成形体とする場合、その樹脂材料が或る程度加熱されれば、粘性ないし可塑性が漸増し、形造り操作が行い易くなることは、当業者であれば容易に理解できるところである。また、その操作中に完全硬化したのではその目的を達することができないことも当然である。
したがつて、準備加熱を行うことならびにその程度は、当業者であればその作用効果を予期し容易に想到できるものといわなくてはならない。してみれば、前記の相違点に創意の存在は認め難い。
したがつて、本願発明は、優先権主張日前国内に頒布された刊行物である第一、第二引用例に記載された公知の方法から、格別の発明力を要しないでなし得る程度のものというほかなく、特許法第二九条第二項に該当するから、特許を受けることができない。
四、審決を取消すべき事由
(一) 第一、第二引用例が優先権主張日前国内に頒布された刊行物であること、各引用例に審決認定の記載があること、未硬化樹脂材料を使用してこれを加熱により硬化させて最終成形体とする場合、その樹脂材料が或る程度加熱されれば、粘性ないし可塑性が漸増し、形造り操作が行い易くなることは、当業者であれば容易に理解できること、その操作中に完全硬化したのではその目的を達することができないことが当然であることは認める。しかし、本願発明は第一、第二引用例に記載された公知の方法から格別の発明力を要しないでなし得る程度のものであるとした審決の判断は、以下に述べるとおり、違法であるから、取消されるべきである。
(二) 本願発明の主要な構成要件は次のとおりである。
(1)(イ) 熱硬化性樹脂をA状態(樹脂のゲル化の初期。以下同じ。)からB状態(樹脂の塑性重合状態の初期。以下同じ。)に変化させ、
(ロ) 成形操作を行わない
準備加熱工程と
(2)(イ) 熱硬化性樹脂をB状態からC状態(樹脂の硬化重合の初期。以下同じ。)に変化させ、
(ロ) 同時に成形操作を行う
成形工程との組合せからなる方法
本願発明はこのような構成からなるため、殻を迅速にかつ自動的に製造することができる作用効果を有する。すなわち、準備加熱工程では樹脂をA状態からB状態に変化させるだけで成形操作を行わないので、樹脂を含浸したフエルト状物を薄いままの状態で使用することが可能となり、この結果短時間に樹脂をA状態からB状態に変化させ、これによつて迅速に殻を製造できる。また、成形工程では樹脂が既にB状態になつているため、型枠を必要とせず、このため全工程の自動操作が可能である。このことは、明細書の発明の詳細な説明の項のうち「本願発明に係る方法は弾性材を含浸したガラス繊維を蒸気のような高温流体の流れに通す従来の方法に必要な操作を行う必要がなくなる。」との記載により明らかである。
(三) これに対し、第一引用例記載の方法の構成は、次のとおりである。
(1)(イ) 熱硬化性樹脂はA状態のまま、
(ロ) 成形操作を行う
成形工程と
(2)(イ) 熱硬化性樹脂をA状態からC状態に変化させ、
(ロ) 成形操作は行わない
硬化工程の組合せからなる方法
また、第二引用例記載の方法の構成は、次のとおりである。
熱硬化性樹脂のA状態からC状態への変化および成形操作を一挙に行う一工程からなる方法
これらの方法によつては、殻を迅速かつ自動的に製造することはできない。
(四) 本願発明の準備加熱工程自体は、被告主張のプリ・プレグにより、優先権主張日前当業者間に周知であつた。しかし、本願発明の前述のような成形工程およびこれを準備加熱工程に組合せることは知られておらず、前述のとおり第一、第二引用例にも全く示されていない。しかも、本願発明が殻の自動操作による迅速成形という作用効果を有することは前述のとおりであるから、本願発明はこの点において進歩性を有する。したがつて、これを否定した審決の判断は誤りである。